#dynamic_Nagasaki

Dynamic Nagasakiを見つめ直します。現在おっさんがちゃんぽん食べ歩いています。

食べ物

『中華料理 精華園』相浦のちゃんぽん食堂【長崎県でちゃんぽんを巡る】103 

相浦というところ 相浦は佐世保市域においてはかつての反映が見られたエリアで、早岐や江迎と並ぶ、割合古い町である。20世紀初頭には石炭の積み出し港としての位置を有していた相浦であるが、佐世保が軍港として発展しそれが急速であったため、古くに見ら…

うどん 花水喜【新規開店】讃岐風のうどんに九州のテイストを

長崎うどんから讃岐風うどんへ 毎週お世話になっている店の弟子にあたる料理人が新しく店をやるというので、行ってきたのである。Covid-19の蔓延防止等重点措置の期間に前後して、北九州や香川県まで研究旅行へ出ていたという話だけは小耳に挟んでおり、どう…

『お食事と酒 味処 こころ』ビジネス街の食堂・居酒屋のちゃんぽん【長崎でちゃんぽんを巡る】102

味処 こころ 県庁やオフィルビル官庁街であった、「ながさき」の由来となった小高い細長い岬のエリアは、県庁や県警察本部が移転した今、この丘の周辺事情も大分変わりつつある。昼時にはランチを求めてオフィスビルから人々が周囲の店舗にやってきて、夕方…

『中華飯店 ながさこ』長与の家庭的な風情【長崎県でちゃんぽんを巡る】101

中華飯店ながさこ 大村湾Zekkeiライドと称された自転車ルートのルートからほどちかく、住宅街の中に存在する中華料理店である。かつては名前の通り、さまざまな中華料理を出す店として地元でも愛されており、町中華としての立ち位置で営業していた店であるよ…

【「ちゃんぽん」とは】 その9 ちゃんぽんの調理法の誤解と煮か焼きかの好み

100店舗達成の暁 ブログを始めて、はや2年ほどとなり、週に一回程度、ポチポチとちゃんぽんのリポートをし続けてきた。たった2年であるが、閉店した店、休業した店もちらほらと見られ、それぞれのちゃんぽん食堂や中華料理店でも小さなドラマが繰り広げられ…

『中華料理 華豊』加津佐の町の中華料理店【長崎県でちゃんぽんを巡る】100

中華料理 華豊 1980年創業の南島原でも唯一の中華料理店である。田んぼの真ん中に黄色の瓦の目立つ、赤い柱の並んだ、中華風の建物が現れる。装飾は中華風であるが、建物の作りは日本的である。二代目が現在の代表を務めている。 畑の真ん中にも見える 中華…

『中華料理 黄林閣』浦上の滋味あふれるちゃんぽん【長崎でちゃんぽんを巡る】99 

中華料理 黄林閣 昭和の佇まいの中華料理店、というよりも、浦上全体が昭和のころで街はそのままであるようにも見えるのである。近隣には、かつての長崎市立長崎商業高校(長商)、現在の長崎県立総合体育館や長崎市科学館も位置しているが、浦上川の右岸エ…

『金龍ラーメン』駅近ラーメン屋のちゃんぽん【長崎でちゃんぽんを巡る】98

大黒町エリアの金龍ラーメン 2013年5月7日にリニューアルオープンして現在の状態となっている。2013年の時点で25周年を迎えたという。出前をする旨が店頭に出ている。 2017年時点までは、大黒市場の向かいの金龍も営業していたのだが、大黒市場の閉場と再開…

『幸楽』大村競艇場から最寄りのちゃんぽん食堂【長崎県でちゃんぽんを巡る】97

大村競艇場 競艇発祥の地として知られる大村競艇場である。1952年(昭和27年)4月6日に開場したボートレース場である。大村市の管轄であり、税収への貢献をしていることが大村市民にとっても、どこか話題になる事項である。かつてミスタードーナツで提供され…

『中華レストラン 萬寿亭』生卵の載った諫早の老舗【長崎県でちゃんぽんを巡る】96

中華レストラン 萬寿亭 最寄駅は島原鉄道 幸駅であり、県営バスの車両基地がある厚生町もまた最寄である。日本ハムの工場も近く、この辺りの道路は一日中車の通りが絶えないエリアでもある。関東でも知る人ぞ知る存在になりつつある回転寿司の若竹丸の本店も…

『中華料理 山東省』浦上の地元の街中華【長崎でちゃんぽんを巡る】95

長崎のカオスエリア、浦上 文教地区として、一部には地価の高いエリアもあるのであるが、そこはかとないカオス感を漂わせているのが、長崎市の浦上エリアである。以下の写真をとりあえず、見てみよう。 山東省付近の交差点カオスなエリアであり、歩道にセダ…

『中華菜館 福壽』細麺には金蝶ソース【長崎で皿うどんを巡る】4

福壽応援団の皆様 紅焼鳥がお歳暮シーズンに作られていたというが、最近は聞かない。一応は福壽応援団の一味らしいのであるから、今度、聞いてみたいとも思っている。福壽応援団と言っても、コースも夜の盛大な宴会もやったことはないのであるが、毎週何回か…

『皇上皇』長崎駅AMU PLAZAの中華料理店【長崎でちゃんぽんを巡る】94

皇上皇 元々は台湾出身のコックがオーナーとして街中で始めた料理屋が、2000年にアミュプラザの開業とともに移転したという。籠町あたりで店舗をしており、電気も灯さずに開店なのかもわからない状態でやっていた街の中華屋がショッピングセンターの中に出店…

『中華料理 優』かた焼きの太麺皿うどん 川棚町【長崎県で皿うどんを巡る】29

交通の要衝 川棚の中華料理 優 回鍋肉定食が人気であるというが、確かに、いくつかのテーブルで頼んでいる客がいた。頭にタオルを巻いたような客が多いのだが、石木ダム関連なのか、川棚が東彼杵エリアにおける交通の要衝で、大村と佐世保を結び、波佐見・有…

『大衆中華 栄光』諫早駅前の町中華【長崎県でちゃんぽんを巡る】93

諫早駅前の大衆中華 栄光 諫早駅前には、昔ながらだろう、食堂や小さなホテルを多く見かける。かつての諫早駅は庇の特徴的な一部二階建ての平らではあるが、天井の高い駅舎を持っていた。島原半島、大村、長崎方面と福岡を長崎本線を経由して結ぶ交通の要衝…

『うまかもん亭』カツちゃんぽんはやはり怪しい【長崎でちゃんぽんを巡る】92

長崎駅前商店街のちゃんぽん食堂 うまかもん亭 1990年あたりの創業であるという。地域のお付き合いというのはおくんちの花御礼の札が下がっていれば、わかりやすいのだが、これも地元密着の店舗であることを確認する良い手段だろう。店主や店の誰かの名前入…

『Chez Dejima』県庁舎のちゃんぽんとは呼べないシロモノ【長崎でちゃんぽんを巡る】91

長崎県庁庁舎 長らく江戸町に長崎県庁舎は位置しており、その周囲にはビジネス街としての興善町から旧県庁舎における動線が確保されており、周囲には昼の利用を目指した食堂も多かった。これに加えて、思案橋などの繁華街までの距離も近いことから、長崎県の…

『Aコープレストラン』農協会館の社食ちゃんぽん【長崎でちゃんぽんを巡る】90

長崎県農協会館 長崎の農協事情はどうも複雑そうであり記事とするにはちゃんぽんから遠く離れそうであるから、今回はふれずにおくとして。出島というところについて記す。 オランダ人が出て行った後の出島エリアは、狭い島であることからそれを沖合に埋め立…

日替わりの楽しみ 長崎新地 福壽のランチ 2021年 第4四半期

福壽のランチ 一週から二週程度の頻度で変化していくのが福壽のランチである。日替わりと以前の記事にしたものがあるが、その後も日にちを変えて、品を変えて、毎週のように楽しませていただいているのである。長崎へ観光へ訪れたものからすると、ちゃんぽん…

長崎県でちゃんぽんを巡る その88 千成食堂 佐世保の工業地帯入り口の食堂

千成食堂 沖新町、天神町の海沿いエリアには工業団地や工業エリアとなっている。鉄鋼や配管などの工場が軒を連ねている。そのほか海沿いのエリアではすり身や干物といった食品加工会社が並んでいる。国立佐世保高等専門学校も位置しており、工業団地エリアと…

『老李 新地中華街本店』台湾料理店のちゃんぽん【長崎でちゃんぽんを巡る】89

老李 現在の老李は李宗賢の代である。初代は李明で、1963年(昭和38年)中華料理店『東亜閣』(現在の東亜閣パーキング)に就職したという。台湾料理というが、もともとは南京から台湾に渡った、台湾から見ると外省人の家である。その後、独立し、1980年、長…

『中華料理 山口屋』大村の中華料理ちゃんぽん食堂【長崎県でちゃんぽんを巡る】87

大村の山口屋 昭和30年(1955年)創業とされる。国道34号線沿いにある古い中華料理店であるが、周囲が、駅エリアに向けての再開発などが進み、大型のマンションやショッピングセンターが見られる中、赤いヒサシと黄色い瓦がふかれている様は中華的で…

『来々軒』福江商店街のちゃんぽん食堂【長崎県でちゃんぽんを巡る】85

来々軒 1959年創業という福江の中心部でも数少ないラーメン食堂である。二代目まで店が続いているなどというのは、やはり福江だからだろうか。長崎市内では見られないような傾向の店が多いのである。食堂であるから、一般的なランチメニューも扱っている…

『牡丹』(Covid下ではAirport) 長崎空港でいただくちゃんぽん【長崎県でちゃんぽんを巡る】84

長崎空港でちゃんぽん 長崎のメインの空港である長崎空港であるが、ここにもちゃんぽんを提供するちゃんぽん屋がある。この空港を利用するものは長崎県の南部エリアに住むものが多く、佐世保市などの県北に住むものは福岡空港を利用する場合がある。これは空…

大村で大村寿司を巡る その5 五島うどん つばき 長崎空港 大村市

長崎空港の食事の思い出 小さい頃から帰省などで長崎空港を利用してきた。空港パン、五島うどんなどは馴染みのあるものであった。かつての長崎空港の食事事情を少しばかりまず書き記そうと思う。 今のスターバックスのあるところには元々は喫茶スペースがあ…

『山勝食堂』諫早駅の老舗食堂 IISAに移転【長崎県でちゃんぽんを巡る】83

諫早駅の古くからの食堂 1926年に創業という、諫早でも老舗となる食堂であり、かつては諫早駅の前の道路に面して、角のところに建っていたが、諫早駅の新幹線駅建設に伴い、駅前の再開発が行われており、諫早駅の構内に移転することとなった。一階の飲食店街…

『morimori』長崎新聞社でも野菜炒め載せラーメン【長崎でちゃんぽんを巡る】82

全国で活躍する五島の人々 案外といっては失礼なのだが、島原や五島の人々は日本各地で活躍している。ヤクルトの松園尚巳氏は五島の三井楽の出身であるが、スワローズのオーナーでもあり、一時期には長崎新聞社の社長になった。その頃に持ち込まれた1931年式…

『平安食堂』福江港湾地区の昭和の食堂【長崎県でちゃんぽんを巡る】80

福江の大波止 大波止というのはどこかロマンのある響きである。長崎市における大波止はあまり大した響きでないことを感じるのだが、波止場から来る遠いところへ行けそうな言葉の響きが旅情を掻き立てる。福江にも大波止がある。 石田城址の海側に沖合展開し…

長崎県におけるカステラの現状 新シリーズに向けて

長崎といえば。。。 ちゃんぽん 皿うどん カステラ 長崎といえば、ちゃんぽん、皿うどん、カステラでしょうと言われる。これは、長崎市に限ったことでなく、長崎県全域での他県からの思い込みである。観光といっても、長崎市に来て、これら、旅行会社が売り…

サセホ文化(仮)  その6 蜂の家

定番の蜂の家 かつては四ヶ町の夜店通りのどんづまり、ライオンビルの並びに位置し、かつての赤い風船のケーキ店のあったビルの隣に建っていた。それらはもうなくなり、蜂の家は三ヶ町に移ってきた。かつては「コーヒーの店 蜂の家」と看板が掲げられた、茶…

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