長崎県を発着する唯一の夜行フェリー 太古
五島列島においては「太古丸」と皆が呼ぶのである。特に古い世代に限るわけでもないため、皆が皆、太古丸だと思っているらしく、福江でも有川でも、そうなっているらしい。
野母商船といえば、長崎市内を結ぶ高速船として長崎市民には知られるが、、、
野母商船はその名前に野母とつけるように、長崎半島の突端である野母崎の航路を開いたことによる。ただし、現状では、その航路もなくなり、長崎ー伊王島、高島の航路となっている。また、長崎港内の市営渡船の前身である長崎交通船も運航しており、本来なら、長崎市民には馴染みが深かった会社である。(過去の交通船の話は以下の記事でも触れている)
フェリー太古は北栄時代の詩人『唐庚』による漢詩の一節 静如太古 に由来する船名で、野母商船の創業以来、何度も受け継がれてきた名称である。現在の船舶は、フェリーとしては二代目、貨客船からの3代目にあたるようで、貨客船時代には太古丸と呼ばれていたことから、この名称を口にだすのは大抵は高齢の方である。2014年1月24日に進水、6月10日に竣工、7月7日に就航している。
野母商船フェリー太古諸元
- 全長94m
- 全幅14.4m
- 総トン数1,598トン
- 航海速力19ノット
- 旅客定員350名
- 搭載車輌数乗用車換算 55台
乗船・下船の口は各港によって異なる。博多港は2階のデッキから、小値賀港では1階のデッキから、と各港で異なるため、あらかじめ船内の放送での確認を忘れずにしておきたい。
野母商船フェリー太古の船内設備
一夜を明かして博多から五島福江まで到達する航海となるフェリー太古の旅のために、船内にはスイートルームから一般の客室までのバラエティ豊かな設備が備えられている。今回は昼行便での小値賀島から博多への航海であったため、雑魚寝できるスタンダード客室の利用とした。夜行便での航海で、到着後の仕事や観光のためを考えると寝台や和室、スイートルームなどの利用も可能であり、選択の幅が広いことは良いのかもしれない。
スタンダード客室
枕元にスーツケース一つを収納できる。昼行便では昼寝をするか、後で紹介するようなラウンジスペースなども充実した船内であるから、貴重品の管理だけ気をつけておけば、ここで十分であろう。
そのほか1階パブリックスペースの設備 シャワールーム、売店、自動販売機、リラックスルーム
案内所の位置するホール近傍には男性用・女性用の別れたシャワールームが設置されている。
長距離運行のフェリー便には見られるゲームルームも案内所のあるホールに位置する。
フェリー太古の2階客室 展望ラウンジからの眺め
フェリー太古では、左舷にスイートルームを配置し、その隣に展望ラウンジを配置している。昼行便でのんびり眺めを楽しむにはちょうど良いスペースであるが、帰りの釣り客がこちらでアルコール付き反省会をなさっていたりと、まあ、そういうスペースと化している。
野母商船フェリー太古の昼行便は長崎県の離島を縫って進む
小値賀港を出港
朝10時に福江港を出港した野母商船フェリー太古は青方港を経由して、小値賀へ13時に到着する。ここから博多まで4時間40分の船旅となる。午後の時間をのんびりと過ごすことになる。航海時は週前半の時化続きからは一転、天気も良く、揺れも少ない航海であった。
宇久港へ入港
小値賀から宇久へは35分となっており、すぐに到着する。宇久は佐世保市の離島で、本土とは佐世保、博多と船で結ばれている。
宇久を出航後、平戸島の沖合を進み、生月島との生月海峡を進む。この航路のハイライトの一つである。急峻な崖が多い、平戸、生月の沖合を進んでいき、松浦沖を通り、玄界灘へと進む。
後半となる、平戸島以降の航路は、以下のQueen Beetleの長崎ー博多間とほとんど同様となるであろう。
遠くに福岡ドーム(PayPayドーム)や百道のビル群などが見え出したら、博多港へ入港である。往来の多い港であり、速度を落として進んでいく。