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Dynamic Nagasakiを見つめ直します。現在おっさんがちゃんぽん食べ歩いています。

【長崎弁で悩む】 その8 長崎くんちの用語集 1 ヒトの一生とくんち

おかみさんは龍踊りが好きである。有名な籠町の前の方の龍衆の一人を祖父に持たれるほどで、籠町のくんちの大ファンで、龍踊りといえば、籠町というほどである。くんちにはあまり女性の出る場面は現在ないのである。

Covid-19下で神事のみが行われているが、先般の宮司のセクハラ疑いと言い、長崎らしいドタバタが見られている。

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長崎の人はくんちバカ

くんちを愛しすぎて、経済も日常生活もオールインするのが長崎のまちっこである。職場によっては、くんちを理由にフレックスタイム制様の勤務体系を個人的にとるもの(大抵は就業規則にないが、田舎であるため大目に見られる)もいるほどである。個人的には、くんちの踊町が回ってきたものは16時あがりを就業規則にでも載せて、勤務時間をズラすなどという施策を取れば良いと思うのだが、そういうことはしないのも長崎市内の決まり事のルーズさの一つだろう。諏訪の氏子エリア外でも、それぞれの集落ごとに神社ごとの秋の祭りがくんちとして執り行われる。これは長崎市内での風習であり、佐世保などでは、ここまでの熱意と金銭負担は見られない。

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くんちの始まり 傘鉾が出てきている

「この街を愛してほんとによかった」「この街に暮らして本当によかった」

長崎の人々は自己愛と郷土愛が強く、長崎県内の他の地域においても、煙たがられる存在である。恍惚として、上記のフレーズを繰り返すのが長崎のまちっこであり、長崎くんちの出し物にすらなっている、品のない歌謡曲があり、それが長崎万歳である。これは長崎といっても長崎市の諏訪の氏子エリアだけを指し示しており、長崎県全体には見られない風物詩が編み込まれている。

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県内各所の飲み屋さんで見かけるのだが、知りもしない長崎くんちの様子をたっぷりと語って悦に入っている様は、地元の人たちからすると辟易させられており、更なる長崎市への嫌悪感を高める結果となっている。「長崎を愛する」を歌う曲も多く、これを平気な顔して歌える一方で、人口流出は日本国内でもトップクラスという倒錯した状況が見えてくるのである。よそから移ってきて、長崎市内に住む人々にはああ、また言ってる程度なのであるが、

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長崎くんちの用語集 まちっこの一生とくんち

さて、本題のくんちである。通常の日程については以前のブログ記事にても解説した。小屋入りから始まる神事の一環であり、この練習中には穢れに関することも避けるようにというのが慣わしである。

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ヒトの一生とくんち

長崎まちっこの人々(諏訪の氏子エリア)における一生をくんちにおける役割として見ていこう。生まれ落ちる時から、家によっては生涯におけるくんちのポジションが定まっているのも長崎のまちっこであり、その出世していく様などは封建的な雰囲気すら漂わせる。

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江戸町の子供向けの衣装
くんちベイビー

くんちの踊町の当番は7年に一回であり、子供がくんちに出られるという期間は短い。相場は踊町によって異なるが、莫大な出資を行うことで、踊町の出し物の中でのハエあるポジションを得ることができる。そうではないところでも、居住地における出し物で(騒音にしか聞こえないのだが)太鼓を調子外れに叩いたりというものもあるのを子供にやらせる算段をさせるのも一般的である。くんちバカの家系においては、踊町の回ってくるのを計算しながら、子供をいつもうけるかということすら大切なこととなる。Covid-19下でくんちの踊町の順延が行われており、ヤキモキしている家庭も多いだろう。

舞踊隊・唐楽隊

幼稚園から小学校の低学年にかけて、くんちに借り出される。夕方早くから夜遅くまで、大人の指導により、長崎特有の太鼓のリズムを仕込まれる。ここで、長崎のまちっことしての在り方を学んでいるらしい。くんちの出し物の踊りや太鼓山の太鼓などを担当する。単独の出演では、川船の船頭役などがあり、これに対してのお金持ちの寄付額はなかなかのものであるという。

生まれ落ちて初めてのくんちにおいては、母親に手を引かれ、諏訪の氏子としてのデビューを果たす。神前に手を引かれてお披露目となる。この際の母親の着物は毎日同じものではいけないとされ、この日のために準備をするのが慣わしという(現在ではレンタルのものもいるという)。

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籠町で受け継がれてきた楽器群
根曳(ねびき)

成人する頃になると、根曳衆に入る。根曳(ねびき)は出し物の船を回すものが多く、龍踊りの街では龍衆と言われる。町内会の青年部からのそのままの移行であることが多く、くんちにどっぷり浸かった生活が小屋入り後は待っている。

添根曳(そえねびき)

何回か根曳として出演したものは、添根曳として昇格(?)する。船の制動に関わり、船の周囲を見張る。長い竿の先端に布切れをつけたものを振る。「ソエ」と呼ぶものもある。

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油屋町の様子 カメラマンも見守る中で奉納踊りが行われる
長采(ながざい)

出し物における現場総監督である。「船を好きなだけ回せる」と言われて満更でもない顔をするものが多い。これまでの経験が物を言うため、現代では40代から50代のものが引き受けている。「ながざい」と呼ぶが、「ながざお」のように聞こえる発音をするものもある。

世話役

高齢者というわけではなく、巡行において、町の要職を勤めるものである。紋付の羽織袴を身につけ、諏訪神社の本場所から降ってくると、一軒一軒を庭先回りして回るのであるが、この際は山高帽をかぶっていたという。

呈上札を出すのだが、これに対して花をやるのが長崎市のやり方である。請求に回るのも、この人たちの役割である。佐世保くんちでは、花といえば、個々人の背中にぶら下げた祝儀袋をさす。

踊町に関係しないもの

白どっぽ

白トッポに聞こえる。変質しつつある長崎くんちの在り方の中で、その変質を起こしている人々である。踊町がくんちにおける本流ではないものの、神事に近いところにあるのに対して、この一群はこれに茶々を入れたりするのが役割である。本来、諏訪神社の本殿に向かう階段である長坂に腰掛ける無宿無頼の者たちが起源である。「トッポい」人々を祖とする。現在ではくんちの応援団と位置付けられているが、今では街中にまで繰り出し、くんちの巡行を長引かせ、観客に対してヤジを飛ばすようになっており、やはり長崎の町の人々からも浮いている一群である。今ではこれに憧れるものもいるというから、興味深い。

以下のビデオ、昭和50年11月放送の、新日本紀行「長崎くんち 傘鉾の舞い」ではクライマックスの諏訪神社の境内の奉納踊りの際に登場する、白い法被を羽織った一段で、出し物に茶々を入れたりしているのが記録されている。

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くんちの前日までに櫓が組まれ、桟敷席となる その隣の長坂が白トッボの舞台

まとめ 県内のよそで眉を顰められる長崎まちっこのくんちがたり

こちらが興味もないのに、くんちの話だけをするのが長崎のまちっこの平常のスタイルである。一度やってしまえば、それだけで、7年間は大きな顔してくんちの話をするだけで飲み会の席が持つというから、何も発展のないまちなのである。伝統はこうやって守られるのかもしれないが、電動アシストのAI搭載船などでもミツビシさんに開発してもらって、新たな伝統に挑戦して欲しいものである。

そして、長崎県全域で(長崎)くんちの話を皆の共通項で最上の物という顔をするのはやめていただきたい物である。

 

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