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Dynamic Nagasakiを見つめ直します。現在おっさんがちゃんぽん食べ歩いています。

【長崎県を走る】 その7 長崎街道サイクリング 街道をゆく 前編 長崎から大村まで

長崎街道を自転車で行く

長崎街道は、江戸時代、日本における砂糖の道であったとされる。本州との接点であった小倉藩の小倉の町から飯塚、筑紫野、鳥栖、佐賀、武雄、嬉野ときて、そこから現在の長崎県内の彼杵、大村(松原・大村)、諫早、長崎(矢上、日見)を経て長崎市内の出島まで到達する。旧来の街道に加えて、最短ルートで長崎と中央部を繋ぐことを目指したためか、急峻な峠道を多く含んでいる。長崎市の人々の思い描く長崎街道は陸路を主体としているが、海伝いに海路を行く方法もあり、海運ではこちらを進んでいく。始めに、長崎市のサイクリング事情を読んでいただいた方が良いだろう。長崎市の独特の交通事情において、注意点は多い。

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長崎市民の歴史解釈によると長崎の人々がオランダの「すすんだちしき」や「がいこくのこと」を受け取り、「どくじのながさきぶんか」を作り、日本に広めたとしている。こうしたことを実際に行なっていたのは、長崎にいた人々のうち、地方公務員たる通詞や中央公務員である奉行が主となり、各藩の出先機関である藩屋敷の人々が従となり、各地に広がっていったと考えてよいだろう。佐賀鍋島藩や薩摩島津藩などがその主体となっており、各藩での蓄えられた知識や技術が日々の技術革新や文化の新たな段階を生み、後の明治の時代へとつながった。長崎にいた町人たちでは何もこれらの知識や技術を習得することも咀嚼することもなく、砂糖と同じように右から左に流していただけである。

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福砂屋でも長崎街道のパッケージを発売した

長崎は古くから不便な土地であり、現代においても不便なままである。不便であるからこそ、長崎には時間のゆっくり流れる様や止まっているように感じさせる様が溢れている。シンカンセンというものが通ればと思っているらしいが、それも叶わぬ夢に終わりそうである。「ながさき」というところというシリーズの一記事で、長崎市街地がいかに交通においては貧相で、他所との通行に不便なところであったかを見てきた。

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さて、今回はそんな長崎街道をサイクリングしていく。

長崎街道の二つの峠

今回の大村と長崎を結ぶ国道34号線周囲のルート上には二つの峠がある。西の箱根と呼ばれた日見峠と諫早・大村の諍いの舞台鈴田峠である。これらは長崎街道における峠として使われていた。

日見峠

日見峠は今でも、長崎における交通の要衝であり、ここを高速道路も一般道路も通ることになる。長崎のまちっこたちからすると、日見の向こうは異国という感覚であるらしく、東長崎(「ひがなが」と呼ばれる)になると少し異質なものとしての扱いになる。

現代では長崎へのルートも大分平坦になったことがわかる。かつての日見峠は難所であり、標高も242mあり、頂上付近での急峻な山道が西の箱根とも呼ばれたのである。その分だけ、狭い道であり、自転車では明治新道と呼ばれる区間を走行できる。さらに一つ降りてくると、日見トンネルがあり、路線バスは今でもここを通過する。とりあえず、日見を越えようというものには、新日見トンネルを通るとよく、これは二つのトンネルを介して、そこまで急でもないなだらかな坂であるから、のんびりとサイクリングするものにはこちらがよいだろう。木々に覆われてしまっているから、あまり眺めも期待はできないが、5−6%程度の上りがあり、これを超えないと、長崎市街地に住んでいる人々はフラットなところでの自転車の練習もできない。

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日見峠のある芒塚・日見エリアの地図 江戸時代には日見にも宿場があったという

上の地図を見てもらうとわかるのだろうが、上から順番に、新日見トンネル、日見トンネル、日見峠 明治新道となっている。明治新道はある程度峠の頂上を掘削したとされており、江戸時代には獣道を入ったというから恐ろしい。このルートか、大村から長与・時津への渡し舟のルートがメインであり、一般の人々は日見ルートを通って入ったという。長崎の関所は、日見の関所、戸町の番所があり、これらを超える際には手形が要ったという。現代でもその名残があると筆者は思っており、メールがなかなか来ないことがある際には「まだ日見で止められているよ」などと冗談を言えばよいのである。

鈴田峠

大村藩と佐賀藩諫早領の藩境に存在する峠である。旧来の峠道は今ではハイキングロードになっているようである。今回はロードバイクであったため、国道を進むこととした。国道ベースでは80−90m程度の獲得標高となり、大して大きなものではない。旧来の峠道は田畑の広がりなどに配慮していたのか、200mほどの獲得標高となるようである。

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鈴田峠の頂上に近く

長崎街道をゆく 上り 長崎ー大村

長崎市街地から、出島を出発点として、蛍茶屋を通過し、日見峠へ上がっていく。日見の旧道を行くこともできるが、現在では路線バスはこちらを行き、道幅が狭く、日見トンネルも明治時代の開通とあり、薄暗く、安全性には疑問符がつくため、バイパスを行った方が良い。日見バイパスとの合流点もトリッキーな合流となったため、やはりバイパスを行き、安全性を確保して欲しい。

日見バイパスでは、四車線と二車線が混在していたのであるが、2021年3月20日に、新日見トンネルの開通を持って、全線で四車線となった。広い歩道も備えられているため、自転車での通行も可能である。

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新しく完成した新日見トンネル

日見峠を抜けて、見通しの悪い下り坂を降りていくと、東長崎に出る。かつての矢上である。今でも矢上宿の周辺はそこそこ生活には便利なエリアであり、ここに住居を持つものもある。なだらかにこのまま諫早へ向かっていくことができる。

諫早市の近郊に近づくにつれて、交通量が急増するため、注意した走行をお願いしたい。

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国道34号線には長崎自動車道が交差するが、このポイントでは交通量も多いため交通状況に注意が必要である

永昌宿と呼ばれた、諫早の宿場町は現在の諫早駅周辺である。旧来の地理的な重要なポイントが現在でも見られる。このまま大村方面に進んでいくと、鈴田峠へ向かうことになる。

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鈴田峠を遠くに望む ここを越えれば大村である 右手には西九州新幹線の高架が見える

鈴田峠は国道においては、なだらかな直線の下り坂である。大村湾が見えるようになってくる。その後岩松駅周辺で大村湾沿いを進み、大村の市街地へ出てくる。

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大村市の国道沿いのスターバックスで折り返しのためのコーヒーブレイク 34号線沿線にはテラス席のあるスタバがふたつある

サイクルロッジ タニグチ

商品の在庫、さまざまな技術面で安心してお願いできる、相談できる店舗として利用しているのが、サイクルロッジ タニグチである。長崎市内では若草町に位置しており、やや離れている。サイクリングのアパレル関係はあまり多くはないが、メンテナンスなどの相談には良いアドバイスをいただける。当日メンテナンスをとなると、長崎市内での需要過多の状況にあるため、即日解決は難しいであろう。また、部品についても世界的な在庫逼迫があるため、多くは在庫が置けない状況にある。

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サイクルロッジ タニグチ 以前ブログでも紹介した

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サイクルロッジタニグチの建屋

cycle-lodge.com

長崎街道をゆく 下り 大村ー長崎

さて、下りである。多くの人は大村から長崎に向かう人が多いのだろう。長崎空港から輪行してくる場合でも長崎市内に向かう場合には、このルートを通ることになるだろう。国道34号線を進む。

岩松駅の前を通り、鈴田峠の直線の上り坂を上がっていく。このルートは案外サイクリストが多く通行しており、諫早や大村となると数は少ないが、そこそこサイクリングの人口があるところである。

鈴田峠には道の駅があるため、この辺りで一度給水ポイントとするのが良いだろう。パン屋や食事処もあるため、必要に応じて利用すると良いだろう。

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鈴田峠の道の駅

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峠のパン屋さんなどが並ぶ鈴田峠の道の駅 峠の中腹にある

鈴田峠を抜け、なだらかな下り坂をおりると、諫早駅の裏手にある永昌宿に出てくる。

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諫早駅のある諫早市永昌町 かつての永昌宿の宿場町跡である

このまま国道34号線を進んでいくと、やはり、長崎自動車道との交差部周辺などは交通量が多くなるため、交差点の侵入や交通標識についてのチェックは怠らないで欲しい。

このまま長崎自動車道の長崎多良見インターを抜けて、東長崎に降りてくる。西九州新幹線の高架とつかず離れず、長崎市内を目指すことになる。

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西九州新幹線の橋梁やトンネルの建設は終わっている

矢上宿を抜け、東長崎を離れ、難所と言われた日見峠に登っていく。一日を通して、かなり交通量が多い通りとなる。

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ここから日見大曲を抜け日見峠へ上がっていく 案外急な傾斜ではないため軽めのギアで楽に上がっていける

近代技術によりなだらかになった日見峠であるが、その分、交通量が格段に多くなったため、何度も書いているが、注意して走行して欲しい。

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最後の下り坂となる蛍茶屋付近

総走行距離:79.9km

獲得標高:749m

www.strava.com

終わりに

長崎市民にとっては、自転車は非常に珍しい文物であり、珍重されることはなく、道路における動く障害物程度に思われているのである。タクシーや自家用車はもちろん、バスにおいても舌打ち、幅寄せ、前方への急な横入りなどありとあらゆる嫌がらせの対象になるため、時間をかけても良いから安全な走行を心がけてほしい。当然、ロードバイクの練習になると思って走行することはできない。東長崎を超えて、DJNエリアを抜けて、諫早より北に入ると大分マシになる。

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